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何もなかった海の中へと土砂を埋め立てて作った人工の島だから。自然への脅威への信仰や認識という形で人との関わりから派生した、大地に根付いた何やかや…精霊だの土地神だのといったようなものはさすがに居ないが。それならそれで海の精気を得た者や、精気そのものが長い長い歳月を経た末に存在を得たような何かとか。そんなものが寄り代にと集まって来るやも知れぬ。生気に満ちた陽世界なだけに、それがどんな環境の場所でも、何も居ないでは済まされない。
「…あ。」
「? どした?」
「うん…なんか。」
中世の町並みの、その場末に位置する辺り。地形を工夫し、断崖の縁に張りつくような構造にして、地上部へ覗く部分を極力“低層”に仕上げるという方法にて。結構な規模であることを匂わせもせず、巧妙に紛れ込んでいた滞在用ホテル。そのエントランスから出たところで、坊やが妙な気配を感じたらしく。ゾロもまた眉をひそめるとすぐ傍らまで寄ってやり、立ち止まった小さな肩をくるみ込むように抱いてやる。小さな坊やはもう大学生にもなろうという年齢になったが、その感受性は擦り切れも色褪せもしないまま。むしろ様々なことを体験して来たことで、ずっと豊かになったやも知れないと来て。
「ルフィ。」
「んん?」
「黙ってんじゃねぇぞ?」
「…うん。」
言葉少なな言いようでも、何が言いたいゾロなのかは判る。妖しい気配を感じたのなら、隠すことなく教えなと。浄化するのがそいつらのためでもあるのだからと。ぶっきらぼうな言いようながらも、ルフィの負担にならぬようにと言い置いてくれてる彼であり。とはいえ、浄化という方面のシメ担当である聖封様に言わせれば、そっちは建前みたいなものであるらしく。ルフィが傷つけられるのが嫌だから…が、彼の唯一無二の行動理由になって久しい今日このごろなクセによと、可愛いことよと苦笑が絶えないでいるサンジなのもまた、もはやお馴染みのコンビネーションだったりするのだが。
“…だがまあ、
通り過ぎての無事でいるからこそ、こうやって笑って話せる訳なんだしな。”
唯一の物質世界である“陽界”の人世界において、本来、見えないし感じられもしないはずの、殻なき存在“陰体”なのに、それらへの感知能力が人一倍鋭いルフィは、そうであるからこそ、そういった存在から良からぬ干渉を受けてもいた身。どうしてそんな能力が備わっている彼なのか、様々に襲い来た苛酷な事態によって紐解かれ明らかにされ。途轍もなく残酷なまでの宿命の下に、今ここにいる彼だと判っても。それでもお日様みたいに笑えるルフィであり。そしてそんなルフィを、こちらもまた…そんな彼とは深い因縁あっての出会いをしたらしき存在でありながら、そんなこたぁ関係ないし、知ったこっちゃねぇとばかり。ただただ自分に正直に生き、ルフィを大事と思うゾロであり。そんな彼らを、天聖世界もまた…こんな小さな坊やへ途轍もない枷を預けた責任があるのでと、何を惜しむこともなくの“見守りましょう”態勢にありはするのだが、
“そっちは。ご本人たちには余計なお世話かもしんねぇな。”
◇ ◇ ◇
人気オンラインゲームの世界観を実体験出来るという主旨の、いかにも趣向を凝らしましたというイベントへのご招待を受けた、ルフィ坊やとその保護者さん。リアルな実物にと再現されたファンタジー世界の町や森の中、それこそがメインの、ゲームに登場する魅力あるキャラクターに扮したコスプレ・スタッフたちがそこここで闊歩し、自分たちもまたお気に入りのキャラへと扮装しての、紛れ込むことが出来るというから。そういうのがお好きな人には、正に夢のような世界が広がっている人工の島にて、2泊3日のモニター体験をどうぞという集まりだが。
「実言うと俺、ドラゴンメイデンはあんま知らねぇんだ。」
選りにも選って、イベントそのもののタイトルロールになってるゲームはあまり詳しくないと言うルフィが選んだコスプレは、
「じゃじゃ〜ん♪」
自分で鳴らしたファンファーレと共に、意気揚々、更衣スペースから出て来た割に。さっきまで着ていた恰好とさして代わり映えのしないほど、至って地味ないで立ちだったりしたので、
「ただの観光客か?」
ルフィよりもっとよく知らないサンジからの、そっけない言いようも無理はなかったが。それへはさすがに、むうと膨れて、
「違うって。勇者ピングだぞ?」
ちょっとばかり強い語調でルフィが言い返す。ここは街の中のとある“お店”で、表の古風な釣り看板には“装備屋”と記されてあり。パスポート代わりの小冊子に掲載されてたマップには、コスプレ用の衣装やアイテムはこちらで揃えて下さいとの注意書きがある。事前の審査と許可さえ通過していれば、持ち込み衣装でも構わないらしいが、何たってゲームそのものを提供している公式の本家が主催のイベント。準備されているコスチュームにしても、いかにゲームのムードを壊さぬまま再現出来ているかという方向でのクオリティは、某有名同人誌即売会やコスプレイヤーたちのダンパなどなどで、既にオフィシャルなものとしてご披露されてもいるので、その筋の方々には周知のそれなのだそうで。
“何だ、その“その筋の方々”ってのは。”
あっはっはっはっ、判らないなら判らないままの、清らかなあなたでいて下さい、ルフィくん。そういう場外ものの冗談はともかく。
「確かに普段着っぽいけどさ。ごちゃごちゃしたもんが付いてない分、断然 動きやすいからな♪」
タンクトップに袖のないサファリジャケット風の上着と七分丈のアーミーパンツ。肩にはナイフや魔法アイテムなどなどを収めているショルダーホルダーを装着していて、足元はストラップ式のサンダル。さして奇を衒わない、何とも軽快な少年勇者のいで立ちは、成程ルフィには打ってつけのお似合いで。
「で? お前のは何なんだ?」
「さあな、名前までは知らねぇが。」
こちらさんも、それほど奇を衒てらった衣装じゃあない。どこの海兵隊の装備でしょうかというような、屈強な胸板や肩の隆とした盛り上がりがありありと浮かび上がっている、ノースリーブタイプの濃青のアンダーシャツに、やはりアーミー調の迷彩柄のカーゴパンツという恰好で。やはり大きめのサバイバルナイフを収めたショルダー型のホルスターを装備しており。こちらさんもまた、無難と言うか、そうそう極端な仮装ではない。とはいえ、というか、だからこそなのか、
「え〜〜〜っ、サマルなんですかぁ?」
待ち合いのホールに来合わせていた、案内係のりぼんちゃんには、即、誰のコスプレかが判ったらしく、だからこその不満そうなお声。さすがは、そこを見込まれてこのイベントの“ガイド役”に採用されただけはある、熱心なコスプレマニアの面目躍如というとことか。
「そりゃあ、サマルはピングの兄貴分みたいな役柄だから、ルフィさんのお兄さんには自然な配役ではありますが。」
「だろ? ピングは勇者だからどんな属性とでも融通利くし。そんで、集中のゲージが上がりゃあ、コンビで出せるコンボ技とかもあるもんな♪」
「でもぉ、パーティーの仲間にって格好でなら、他のキャラだっていっくらでも同行出来るじゃないですか。」
どうやら りぼんちゃんには、ゾロが自分のコスプレにと選んだ“サマル”とかいうキャラが不興であるらしい。でもでも、ルフィが繰り出す理屈も判るので…という会話に向けて、
「ちょ、ちょぉっと待て待て。」
ゾロとしては、これと決めた以上彼なりに納得もいっているのか、それとも瑣末なことはどうでもいいのか。落ち着き払った様子で、ルフィとガイド係のお嬢さんのやりとりを、どこか他人事のように見守っているばかりだったが。やっぱり話が見えていない、もう一人の方の大人が“ちょっと待ってくださいな”と、彼らの会話へブレーキをかける。
「こいつが選んだ役って、そんなに素っ頓狂な代物なのか?」
少なくとも見栄えに奇異なところはない。こういうゲームの登場人物にしては地味な方かもしれないが、やんやんと愛らしくも身悶えするほど、反対と主張したくなるほどに似そぐわないとは…これいかに? と。細い眉を寄せて目一杯怪訝そうでいる魔導師さんへ、
「え〜っと、どう言えばいいのかな。」
そうと訊かれて、どうやらサンジが…スタッフであるにもかかわらず、ゲームに詳しくないことへと気づいたらしき りぼんちゃん。それでも、そういう人もありかしらと、その矛盾にはあまり気を留めていないらしくって。さ〜すがは場慣れしているお嬢さんだったりし、(こらこら)
「そですねぇ。ドラ○ンボールで言うなら、ヤムチャや天津飯がいるのに、クリリンを選んだようなものと言いますか。」
クリリンのファンの皆様、ごめんなさい。私も、18号ちゃんを誠意と根性で嫁にしたクリリンが大好きです。(出て来た当初は 凄んごいイヤラシキャラだったのにねぇvv)
「クエストキャラの、戦士とか騎士の方が似合うのにぃ。」
つまり、地味なカッコなのが勿体ないと言いたいらしく、華々しくも凛々しい二枚目の騎士とか、劇的な過去を背負って陰のあるクールな剣豪とか、そういう“花”のあるキャラを選んでほしかった模様。だがだが、
「そんな人気ありすぎの定番キャラは、きっと他にもなり手が多いと思うぞ?」
かぶっちまったら面白くねぇじゃんと、ルフィは至ってお軽く受け流して取り合わないでいるし。ゾロはゾロで、
「…ま、そういうこった。」
言わずと知れたところ。すっかり馴染んだ貸衣装と装備のレンタル契約にと、受付カウンターに向かったデコボコ兄弟を見送りながら、
「あんな二枚目なサマルなんて ちょっと…。」
可憐な口元を尖らせての、まだちょっと未練がましい呟きをこぼしてる。そんな…某魔法学園少女のカッコした、りぼんちゃんの執着ぶりの激しさへ、
“サマルってどんな設定の奴なんだろ。”
関心なんて全くなかったはずのサンジでさえ、そんな風に気になり出してしまったようで。…ホンマにねぇ。どんなほど畑違いな ほのぼのキャラなんだかねぇ。(苦笑) やっとのこと、イベント参加への準備も整ったぞと、お店の外へぴょいと、小さな子供がするように両足揃えての飛び出したルフィが、ここからも同行してくれるらしい りぼんちゃんを振り返って、
「晩飯はどうなんだ?」
いかにも彼らしいことを訊く。まだ昼下がりに入ったばかりの時間帯。とはいえ、あんまり遠出し過ぎると、間に合わないかもと案じたものか。そんな坊やへ、何とか復活の童顔なガイドさん。にっこり微笑って答えて差し上げ、
「ホテルのレセプション会場で、オープニングセレモニーが催されますので、
そこでたんと御馳走を食べてもらえますよvv」
まさかゲームの中で出て来るアイテムみたいな、パンとか棒つきキャンディーとかポーションとかじゃなかろうな。あははvv それって皆して心配しますよね。
「六本木や赤坂のホテルシェフを招いての、
一流コース料理をメインにした大御馳走ですよ?」
予算は度外視のイベントですからねvvなんて、にっこにこのお嬢さんだが、
「…ゲーム会社ってのはそんなに景気がいいのかね。」
ぼそり呟いたゾロへは、サンジ魔導師さんも辛辣で、
「ば〜か。きっと協賛をたっくさん募ってるんだよ。」
「協賛?」
ああと頷いた聖封さんの曰く。
「例えば、海を借景にした町の作りやパノラマ工法や何や、とんでもない規模の工夫あふれる会場設営は、建築技術の。様々なところに生かされてるらしいパスポートによる本人認証のシステムは、警備や情報管理への、飛び抜けた技術力の関係各位へのアピールになるからな。」
本来なら見本市だの博覧会だので発表されよう、ちょこっと未来志向の先端技術。そういう場ではどうしても、その場で契約を取り付けたいとする、即戦力ぽい“新製品”しか出せないけれど。こういった総合アミューズメント企画ならば、冒険してみた もちょっと先の成果も、その延長に期待をさせるという形にてのご披露が可能になる。
「…お前、ウチに来ない間は営業マンに成り済ますこともあるのか?」
「このくらいの目串は常識だっ。」
こんの世間知らずの専業主夫がと、感心されても嬉しくないというお怒りを込めて言い返したサンジだったけれど、
“ウチ、だとよvv”
ルフィと過ごすあの家を、彼は“ウチ”と口にした。自覚はなかろうがそれだけに、誰かを家族とし、自分の大切な居場所を持った彼なことが、何となく…我が身への幸いのようにくすぐったかった聖封さんであり、
「じゃあ、手初めに広場のステージを見に行きましょうよvv」
本番は明日からとなりそうだけれど、場所と雰囲気に早く馴染みましょうとばかり、ルフィの腕を取って道を急ぐ、バスガイドさんもどきのガイドさんに連れられて。アスレチックランドに来た体力自慢な兄弟と、ファンタジーランドの住人とという、何ともアンバランスな組み合わせのご一行。潮風の満ちた町並みをのんびりとした足取りにて散策することと あいなった。
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*せ、せめて、月に一話は進めたいと思っておりますが…。(滂沱〜〜〜) |